氷帝の制服を失敬した。

 テニス部だけにとどまらず、いろいろなところでうわさになる少年を一度目にしたかった。

 いいデータが取れそうですね。

 うわさどおりなら、最強の選手ですからね。

 緊張もするというものです。


 幸い、氷帝は生徒数が多いので、僕一人紛れ込んだところでばれないでしょう。


 テニス部にはギャラリーが多いはずです。

 そのギャラリーに紛れ込めば、ばれることはないはず。

 いいデータを取らせていただきますよ。


















































 氷帝の制服を着て、ちょうど部活をやっているであろう時間にそっと忍び込んだ。

 氷帝学園とあろうものが、他者の侵入をいともたやすく見逃すところに驚いたけれど、僕にとって好都合でしたね。

 広い氷帝の校庭を歩きながら、テニスコートを探します。




 ……


 ……………


 なんて、見つけるのが単純なんでしょう。

 すぐに見つかりました。


 なんていったって、黄色い声援。

 氷帝の制服を着た…あれは、主に女性ですね。

 みなさん、おそろいで大声を出しながら、叫ぶのはそれぞれのお気に入りの選手の名前。

 さすがは氷帝。


 女装してくるべきでしたか……?

 いえ、それは…少し抵抗があります。


 いそいそと、群れの中に割り込んで、コートの中が良く見える位置に行きます。


 いえ、行こうとしたのですけど。


 無理でした。


 「ちょっと、割り込んでこないでよ。」


 「やだ、そんなところじゃ見えなくなっちゃうでしょ。」


 「あなた、何なのよ。」



 …女性って時々怖いですね。

 なんていうか……その勢いに圧倒されて中に入ることができませんでした。

 これじゃ、完璧なデータが取れません。

 そして、何よりも、うわさの少年がどこにいるのかさえ分かりません。












 しばらく僕は、女性の群れの外側からコートの中を見ようと努力しましたが、まったく無理でした。

 氷帝のジャージがちらほら動くのは分かるのですが、選手が誰なのかさえよくわかりません。

 誤算でした。


 計算ミス。


 氷帝は、女性ファンに気をつけること。

 データに加えておかなくてはなりませんね。



 「…あれ?君、どうしたの?テニス部の人に用事でもあるのかな?」



 考え込んでいると、救世主の声が聞こえました。

 ああ、神は僕を見捨てなかったのですね。


 ふと、声の聞こえたほうを見れば、そこには漆黒の髪に、黒曜石のような瞳の人が。

 一瞬女性かと思いましたが、着ている制服は男性用。

 氷帝の制服を着ている少年で、華奢な体つきをしていましたが、テニスラケットを持っているので、おそらくはテニス部なのでしょう。

 一年生でしょうか……?


 見かけない顔ですね。



 「……あ、跡部景吾に用事ですか?それとも忍足君かな?」


 「ええと……」


 「ん?」


 笑顔だった。

 まぶしい笑顔だった。

 それはしばらく見ていなかったような笑顔で、心が洗われるようだった。


 「…という方をご存知ですか?僕、彼に用事があるのですが。」


 「あ、なんだ。僕ですよ。はじめまして、僕がです。君、どこのクラスの人?僕まだ、みんなのこと覚えてないんだ、ごめんね。」


 「あ、こちらこそはじめまして。


 テニスコートのギャラリーのすぐ横で、頭を下げる僕に……なぜか笑顔で握手を求める少年。

 なんか、不思議な方でした。

 普通、こういうときは頭を下げるのではないでしょうか……?



 「ええと…僕に用事だよね?じゃあ、少し待っていてくれるかい?荷物置いてきちゃうからさ。跡部景吾に許可も取らなくちゃいけないしね。」


 軽くウィンクされて……不思議な気分になった。


 この少年は、綺麗だ。美しい。

 テニスをするとは思えないほど華奢な体つきをしてはいるが、うわさどおりの少年なのか疑ってしまう。

 もっとごつい人を想像してました…。




 ギャラリーに少し声をかけると、黄色い声があたりに響き、彼が通る場所が開く。

 そして、彼は部室に入っていった。






















 しばらく、彼は出てこなかった。


















































 「だから、外でなんか僕に用事のある人がいるみたいなんですよ。」


 「誰だよ?」


 「知りませんよ。この学校の生徒全員を覚えているわけじゃありませんから。でも、制服着てましたよ。」


 「そりゃ、うちの生徒なら制服着てるだろ。」


 「髪の毛が少し癖のある方でした。」


 「……………」


 「誰でしょうねぇ。はじめまして、と、深くお辞儀されてしまいました。僕、お辞儀って得意じゃないんですごい戸惑いました。」


 「ちょっと待て。うちの学校でお前のことを知らないやつがいるか?」


 「たくさんいるでしょう?」


 「それは、甘いな。うちの学校にお前を知らないやつはいない。どの学年の廊下を歩いても、視線を感じるだろ?お前は有名だ。」

 
 「へぇ。それは知らなかったです。」


 「で、お前を見てはじめまして、と深く頭を下げただと?まったくおかしい。」


 ………


 「俺も行く。誰だか確かめてやる。」


 「そんな、同じ学校の生徒を敵みたいな目で見なくたって……」


 「…うちの学校は警備が甘いからな。他校生が侵入したとしてもばれないさ。」


 「…………」




















































 しばらくして、少年が出てきました。

 ニコニコと、ギャラリーに手を振って。

 僕のほうにも手を振って。


 よし、これで、彼の情報が手に入ります。

 テニスをやってもらったほうがいいのですが、話を聞くだけでもいろいろ情報が分かりますからね。

 これで良しとしましょう。






 ………………………………………







 今日はミスばかりです。


 彼の後ろにいるのは……跡部景吾。


 氷帝のテニス部の部長で、確かにテニスがうまい。

 ……僕は顔を知られていますからね、まずいです。

 ばれそうですね。




 「…あ、お待たせしてすみませんでした。」



 ああ、さわやかな笑顔。

 彼の後ろにいる人がぼくに気がつかなければいいのですが…tね


 「お前!!」


 あ、やはり気づかれましたね。


 「…おい、何しに来たんだよ?!に用があるって?一体何のようだ?あいにくは忙しいんだ……」


 ……………


 「……」


 「どこで手に入れたんだ、氷帝の制服なんか。今、この場で、侵入者として警察につき渡そうか??



 怖いです。



 うわっと叫んで、僕は一目散に逃げ去りました。


 ……

 怖いですね。

 誤算でした。

 氷帝には跡部景吾がいるってことを、もっと考慮するべきでした。























 でも、いいでしょう。

 という人物は分かりました。

 僕の頭に焼きつきました。


 そして、そのを、過保護すぎるくらいに守っているのが、跡部景吾なのでしょう。







 あきらめませんよ。



 彼のテニスを見るまでは。
































 ひそかに僕は、もう一度氷帝に忍び込むための算段をするのです。

































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 観月でした(笑)
 ちょっと誤算が多すぎましたかね?(爆)
 でも、氷帝なんか、厳重警備してても侵入されそうだなぁ……
 広そうだし……(笑)























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