兄様の顔が見えた途端、僕は笑みを隠すことができなかった。

 笑顔で、彼の元に歩み寄る。


 「Brother!」


 兄様はやっぱり笑顔で、僕を抱きしめてくれた。

 久しぶりにかぐ、兄様の優しい香水の香りが懐かしかった。

 うれしい。





 跡部景吾の家にいて、何も不自由しない生活を送ってはいるけれど、やはり14年も一緒に過ごした兄様の声が聞けなかったり、

 顔が見れなかったりすると寂しい。

 だから今日は、本当にうれしかった。


 「Hi,arvin.」


 優しい声はいつもと変わらない。

 僕、身長があまり伸びていないから、兄様との身長差は前と変わらなくて。



 「Brother,may I introduce my friend?」



 跡部景吾を紹介しようと思った。

 兄様は日本語も得意だけれど(なんせ、祖父の前では日本語しか使うことができなかったから)なんとなく英語で会話してしまった。

 簡単な英語だから、跡部景吾にも理解はできただろうし、彼も外国の方と触れ合っている身分だから大丈夫だとは思うけれど、少し心配だった。







 「はじめまして、ミスター跡部。アルの兄のセイラン・颯・。」



 兄様は跡部景吾に握手を求め、跡部もぎこちなくだがそれに応じた。

 跡部景吾といえども、やはり欧米風の挨拶に離れていない面があるのだろう。

 ちょっと笑えた。



 「お初にお目にかかります、跡部景吾と申します。」



 跡部の挨拶は綺麗だった。さすが、各界に顔を出すだけある跡部邸の出身だ。

 感心してしまうね。


 「食事をしながら、会話を楽しもうか。アルがお世話になっているね。気分屋のアルの相手をするのは大変だろう?」


 兄様、終始笑顔。

 気分屋って…ねぇ。






 跡部景吾は綺麗な日本語で、それこそいつも暴言を吐いている彼の口調とはまったく違う。

 雰囲気が大人っぽかった。





















































 アルに会えただけで僕はうれしかった。



 普段は、学園の寮に入っている僕は家族に会う機会がそんなにない。

 友人も多く、忙しい日々の中で、家族に会えないことに特別寂しさを感じているわけではなかった。

 休みの日に家に帰ればそこには普段と変わらぬ家族の姿があったから。



 けれど、アルが参加したテニスの世界選手権で注目されてしまい、他人からの注目を避けるために日本に旅立つと聞いたときは少し寂しかった。



 なぜって、アルは僕ら家族にとって一番大切な存在だからだ。



 僕と一番上の兄様との年の差は4歳だけれど、アルと僕の年の差は8歳。やや年が離れているせいもあってか、僕はアルがとっても好きだ。

 いろいろな才能を持ち合わせている子だし、祖父の血を受け継いでいるって所も惹かれる。

 それに、母様の笑顔にそっくりな顔が、すごく印象的なんだ。



 僕だけじゃなくて、家族全員がアルを大切にしてる。



 学園の旅行先が日本だと聞いたとき、一番喜んだのは実は僕だったのかもしれない。


 こうして、アルに会うことができたんだから。














 「日本での生活はどうだい?いろいろ困ったことはないかい?」


 「大丈夫ですよ。跡部景吾がとってもよくしてくださるんです。学校生活もとても充実したものですし。」


 ああ、アルの笑顔がまぶしい。








 アルのとなりに座って、少し緊張気味に食事をしている日本人の少年も、さすがという感じがした。

 アルがホームステイ先に選んだだけあって、気品漂う少年である。

 跡部家、といえば日本でも屈指の大資産家であるという話も祖父から聞いている。

 なるほど、アルは日本でもうまく生活しているわけだ。


 「向こうの報道はそろそろ収まりますか?」


 「いや、一向に収まる気配がないんだ。どこの局でも、アルの話を一日一回は放送するからね。まだ騒がしいよ。」


 迷惑かけるね、と、跡部君に伝えると、彼は笑顔で そんなことないですよ。 と答えた。


 「と一緒の生活もとても充実したものですから。」


 「それは良かった。」


 日本語にはまだ少しなれないところがあるけれど、祖父にみっちり仕込まれたおかげでコミュニケーションには戸惑わない。

 こういうとき、厳格な祖父に感謝してしまう。

 アルも元気そうにやっているから何よりだ。


 「兄様はいつまでこちらにいらっしゃるのですか?」


 「このホテルにいるのは今日までなんだよ。明日は京都…だったかな。日本の名所を診て回りながら文化に触れるんだそうだ。」


 スケジュール表をアルに手渡す。


 「…随分過密スケジュールですね。体調を崩さないようにお気をつけくださいね?」


 ちょっとしたことで人のことを気遣うことのできる優しい子だ。



 「跡部君のご家庭には本当にお世話になりっぱなしだね。今度は、祖国イギリスに招待したいね。家族も君のご家族にとっても興味があるんだ。」


 言葉遣いのいい礼儀正しい少年は、しっかりと日本語で対応する。

 きっと英語でしゃべってもしっかり対応できるのだろうけれど、日本にいるのだから日本語で対応しようと思う。


 僕みたいに、金髪碧眼のいかにも外国人が日本語をしゃべっていると、周りの人が結構驚いてみていくんだけどね。




















































 食事が終わって、夜の9時くらいに店を出た。

 跡部景吾の家から迎えの車が着ていた。


 「それじゃ、お元気で、兄様。また会える日を楽しみにしています。今日は本当に楽しかったです。」


 軽く抱き合って、お互いの感触を確かめてから僕は車に乗り込んだ。

 本当なら英語で詳しくしゃべりたかったし、最近の出来事や、我が家での出来事について

 詳しく語り合わなくてはいけなかったのかもしれないけれど、それは跡部景吾がいたからまたの機会になった。


 別に跡部景吾が信頼できないわけじゃない。

 そうじゃなくて、あまり専門用語や比喩を使って英語で表現すると、さすがの跡部景吾でも会話についてこれなくなると思ったからだ。

 それは、兄様の配慮だった。




 兄様の笑顔と手を振る姿がだんだん遠くなる。



 夢みたいな時間はすぐに過ぎ去ってしまい、寂しさが残る。



 「……楽しかったですか?あれが、僕の兄です。セイラン兄様。日本名は颯ですが。」


 「さすが、の兄だと思ったよ。…それにしても、彼にアルって呼ばれるのには嫌な顔しないんだな。」


 「…兄様ですからね。それに祖父の前では僕たちも日本語で会話して、日本名で呼び合いますが、

 それ以外や祖国で友達と触れ合うときは祖国の名で呼び合いますから。」


 苦笑した。

 実はアルヴィンって名前には複雑な思い入れがあるんだけど、それはまだ話しちゃいけないと思うので口を閉ざしておこう。


 「そうか。」


 「ええ。向こうでの報道の収拾がついたころに一緒に向こうに行きませんか?

 家族みんなに貴方を紹介したいし、僕ばかりがお世話になっていても…」


 「…考えとくよ。」




 跡部景吾は少し疲れているらしかった。

 無理もない。

 普段使い慣れない敬語で僕の兄とずっと会話していたのだから。


 まぁ、跡部景吾にはいつもの暴言のほうが似合いますね。



 「お前さ、すっごい笑顔だったよな。」


 「そうですか?普段と変わりませんよ?」


 「…まあ、いいけどよ。」



 ……………………?


 跡部景吾はいったいなにを考えているのでしょう? 
















 そんなことをいろいろ推測してみようと思ったけれど、眠気には勝てなかった。

 僕は、兄様の笑顔を思い出して幸せに浸りながら夢の中へと落ちていったのだった。


















































 「まったく…どうしてそんな顔で寝てくれるかな……」


 跡部の肩にもたれかかってすやすやと眠るは、本当に幸せな顔をしていた。


















































〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 後編でした(爆)
 の兄の名前は、
 セイラン・颯(はやて)・

 セイランって女の人の名前みたいですね(汗)
 自分で決めておいて何って言うんだか。
 この方には女性的なイメージを持たせたかったんですが……
 名前まで女性的だ(爆)























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