僕が目が覚めたら…椅子に縛り付けられていた。

 縛り付ける力は強くはなかったけれど、動けない。


 うつろな目が映す、不思議なもの。

 だんだん周りが見えるようになってきたら、見えたのは人の姿だった。


 「気がついたようだね。」


 「……………」


 どうして、とか、何で僕はここにいるのか?とか、いろいろ聞きたいことがあって、跡部景吾並に暴言を吐きたくなったけれど…

 口がふさがれててそれもできなかった。

 何かしゃべろうとしても、出てくるのは


 「ん〜〜〜!!


 っていう声だけ。

 目の前にいる人間はぼくの姿を見て笑った。

 着ている服装からすればオーケストラの指揮者…

 その手には指揮棒ではなく、ナイフ

 鋭くとがったナイフを、僕の頬にぴたぴたあてた。

 冷たくて…鋭くて…からだが硬直した。


 「…いい子にしてたら何もしないよ。君の体は大切な仕事を二つも持っているんだから…」 


 冷たい笑みを浮かべたその姿が怖い。

 目で合図したら、僕の隣に座っていた…僕を親切に案内してくれるはずだった青年が僕の口がつかえるように何かをした。


 「…ぷはっ…


 息苦しかった。

 …


 「ひとつ。跡部家の子息に電話して、自分は体調が悪くなったから救護室にいるということ。」


 「……」


 「ふたつ。ハープを弾けるようだね。今日の演奏会でハープを弾いてもらう。」


 ……


 「守れないなら、今すぐあの世行きだ。君のきれいな白い肌に赤い血が流れるなんて…想像できるかい?」


 僕に逆らう余地はなかった。

 さっきの青年が僕の携帯を持ってきた。

 ぱかっと開いて跡部景吾の電話番号を探す。



 「そう、なかなか賢い子だ。」



 耳につく笑い声が…いやだった。

 自分がどんな状況に置かれているかなんて、いやでも気がつく。

 でも、今の僕に逆らう力はない。








 『…か。どこにいるんだてめー。後15分で開演だぞ、こら。』


 「……ごめんなさい…ちょっと気分悪くなっちゃって……」


 『大丈夫か、おい!』


 「大丈夫ですよ……あの……それで、今…


 にらまれた。

 相変わらずナイフの先は僕の頬にあたっている。


 「…救護室にいます。親切な方がいて…もう少しして気分がよくなったらそちらに行きますから、演奏が始まっても気にしないでください。」


 そう、それでいい。

 そう耳元でささやかれた。


 『そうか…ホントに体調悪かったら早めに電話しろよ?』


 「ええ。ありがとうございます。」


 通話を終了させた。

 冷や汗がすごかった。

 体中鳥肌が立っている。


 ……

 こんな恐怖にあったのは初めてだ。




 「そう、それでいい。おい、準備しろ。」


 そういわれるなり、僕の体に巻いてあったロープが解かれ、いろんな女の人が来て僕を飾りつけた。

 栗色のかつら。

 赤い口紅。

 白いブラウスに長くて黒いスカート。


 ……

 反抗なんてできなかった。


 僕のことを化粧している女の人の袖の中に…ナイフが入っているのを僕は知っていた。


 完璧に別人になった。

 自分が自分でない感覚がして気持ち悪い。

 化粧品の匂いも好きになれない。



 次は楽譜を渡された。

 何度も僕が弾いたことのある曲ばかりだったからよかった…















 少し指慣らしをしたらすぐに幕が開いて演奏が始まった。























































 演奏は大成功だったけれど…

 僕は…気分が悪かった。

 脅されているという恐怖。

 殺されるかもしれないという恐怖。

 目の前にいるのに助けを求められない恐怖。


 胸が…

 鼓動が早い。

 もう少し…人を疑うべきだと…そう思った。


















































 なかなか。

 プロとしても食べていけるよ。


 そういわれたけれど、うれしくなかった。

 氷帝の制服に着替えさせてもらって化粧もすべて落として、でも僕の体は拘束されたまま。

 苦しくてしょうがない。




 演奏会は終わったのに…帰してくれない。

 ただ単にハープを奏でるために捕まえられたのかと…そう思っていたのに。

 僕の読みはいつも浅い。

 跡部景吾と推理小説を読んでいてもそういわれる。

 …これは…誘拐事件だ。


 …ああそうさ。

 僕が被害者になるなんて思っても見なかった。


 …跡部景吾か…それとも青学の人たちか…

 だれでもいい。

 救護室なんてないって…気づいてほしい。




























































 は結局2時間の公演をまったく聴かなかった。

 それは跡部にとって疑問のほかのなにものでもなかった。







 …ハープを奏でるは…音楽が好きだ。

 繊細な音を奏でる。

 チケットを配って来い、と渡したときも、彼は日本有数のオーケストラの公演だ…と聞いて目を輝かせた。

 具合が悪かったとしても、一曲は聴きに来るはず。




 確信している跡部は疑問に思うことが悪い予感に変わりつつあることを知っていた。

 気分が悪い。


 そんな時、会場から出て行こうとする青学のやつらを見つけた。

 もしかしたら、後ろのほうの席にいたあいつらと一緒にいたのかもしれない。



 「おい…」


 ぶっきらぼうに話しかけた。

 振り向いたのは手塚だった。


 「…跡部か…なんだ?用事でもあるのか?今日は部活のことならごめんだが…」


 「あいにく、部活じゃねーよ。お前ら、と一緒にいなかったか?」


 「って跡部と一緒に見てたんじゃなかったのか?」


 「おかしいね。跡部のところに行くからって言って…あれは、公演の一時間くらい前だったかな。」


 「……じゃあ、救護室がどこにあるかしらねーか。」



 「「「救護室?」」」



 声がかぶった。

 その中で、温和な大石の声がした。


 「…確か、救護室なんてなかったはずだよ。……ほら、これが今日の会場図だけど…どこにもそんなところは書いてないよ?」


 ………瞬間。

 疑問は悪い予感に変わった。



 「っ……はめられた!


 「もしかして……」


 「ああ。」



 跡部家といえば日本では名の知れた資産家である。

 つまりは、それだけ敵も多いということだ。

 跡部自身、腹黒い水面下の戦いをいやというほど見てきている。


 それにしては今回は軽薄だった。

 の存在を知っているものはごくわずかだから、一人にしてしまった。

 跡部家の子息である自分ではなく…

 そのつれであるをさらった…


 一人にするべきじゃなかったと、いまさら後悔しても遅い。



 「…まずいな…」


 「、どこに消えたんだろ…」


 「…俺、外を見てくるっスよ。」


 「僕はホールの中を一通り回ってくるよ。」


 「…警察へは…?」



 「…最悪の場合、今のこの状況が監視されてる場合がある。今電話するのは得策じゃねぇ。相手が狙ってるのは俺だ。何らかの形で俺と接触を取るさ。」





 うかつだった。

 このコンサートに呼んだのはどこの誰だった?

 ついこの間、法に触れる悪事を働いたやつじゃないか。

 このオーケストラの指揮者。

 政界にまで手を出す大物。

 金に糸目はつけず、ほしいものを手に入れるためなら殺人まで平気でやる男。

 もう少し早く気がつくべきだった…


















 ……待てよ。


 オーケストラなら…控え室のはず。


 控え室には一般の客は入れないようになっている。

 少し細工して…中に入るか。

 一か八かやるしかない。















 だっとその場から駆け出した。


































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 中編(爆)
 どうしようもないな。シリアスで(爆)
 次で完結ww


























 


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